不安と信念

何事を行うにしても(特に新しい事)不安と信念の葛藤があります。最初から自信がないのは

当然の事であり、その不安をバネにして頑張れる事も出来るし、モチベーションの原動力にも

なります。決してマイナスに捉える事なく、プラス思考で考えると気持ち的にも楽になります。


新しい事にチャレンジするのに、誰しも不安を抱いてしまいますが、それにも勝る自分の信念

をしっかりと持つことが、成功へと繫がるのです。どのようにして不安に向き合うかが大切

ですが、まずは思い付いた事を早く実行する事と、問題が発生すれば逃げる事なく対応する

事が重要です。そして不安を抱きながらも上記の様に考えながら日々努力をしていると、

必ずや、幸運の女神が応援をしてくれるという事ですが、ちゃんと見ている人は見ているし、

仲間も増え、手を差し伸べて応援してくれる人は必ず現れます。

まずは、自分を信じ応援する事です。


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日本の戦前の歴史の一端(参考)

閑話休題です。戦前歴史の日本の戦後教育の間違いを見事に、そして適格に書かれています。

中韓を知りすぎた男***ブログより転載します。


ヨーロッパ没落     6月29日(水)

「英EU離脱」このヨーロッパの変化が、歴史的に見て「進歩」なのか、あるいは破滅に向かって盲信する「退化」なのか、それとも栄枯盛衰の「循環」なのか?
「英EU離脱」は必然と偶然のあやなす歴史の局面において、どのような意思をもつか?

今日は、英国離脱だけを論じるのではなく、落ち目のヨーロッパについて考察してみたいと思います。

人類史的観点からいえば、ヨーロッパの栄華とか、覇権というのは、たかだか最近500年間のことに過ぎない、せいぜい十五、六世紀からのことです。それ以前、世界にとってヨーロッパは、辺境の民族にすぎなかった。

世界文化の燦然と輝く中心の第一は、中国であり、第二はインドであり、そして第三は、中東でした。ギリシャ、ローマは、その中東世界が地中海へ広がった文明です。今日のヨーロッパ人の先祖は、その当時、ガリア地方にいた野蛮人です。それがフランク王国になり、フランク王国が西暦876年に、今のドイツ、フランス、イタリアに分かれました。

彼らが初めて歴史の檜舞台に登場してくるのは十五、六世紀のことです。それも自らの文化をゼロから創造したわけではなく、中東文明圏を中心に、それまでの人類の文明の蓄積を模倣、吸収、発展させただけです。

ヨーロッパはやがて、中東、アフリカ、南北アメリカ、さらにはアジアへと進出していきました。

ヨーロッパがその花を咲かせることができたのは技術革新に成功したからです。ルネッサンスから始まって産業革命に至る歴史の中で、彼らは他の民族に先駆けて鉄砲とか、航海術を開発し、これを使って世界に進出し、世界を植民地にして500年の栄華を誇ってきました。

当時20世紀初頭はヨーロッパ列強の植民地陣取合戦でほとんどの有色人種国家は白人に植民地にされていた時代です。そんな時代に極東の小さな黄色人種である日本人が敢然と立ちあがり世界屈指の大国ロシアに勝利しました。
日本の大勝利はあらゆる植民地の国々の人々に希望と勇気を与え、逆に白人国家は著しい衝撃と恐怖を与えました。世界屈指の大国に有色人種であるあの小さな国が勝つなど世界中の誰もが想像すらできなかった。日露戦争の大勝利によって日本人は白人優位の人種神話を葬りさりました。

その後日本は大東亜戦争に負けましたが、歴史を振り返れば、当時は欧米列強の植民地主義が地球の隅々まで支配していたということを前提にして小国日本の行動を考えれば、日本の戦争は、すべて自存自衛の戦いだということが理解できます。

日本は第二次世界大戦に負けましたが、日本軍の一撃によりアジアからヨーロッパ人を追い出し、その目的であるアジアの植民地解放を成し遂げました。まさに神の使命を果たしたのです。
しかし栄華を誇ったヨーロッパは第一次、第二次大戦の内輪争いで、自らの墓穴を掘っていきました。そのあとに出てきたのはヨーロッパの外周に位置したソ連とアメリカです。

力を失ったヨーロッパはもはや自分の意思や力で世界を動かすことはできなくなってきました。そしてアメリカとソ連の谷間で、両方の息づかいをうかがいながら、産業革命を切り開いた好奇心と、大航海時代に世界に乗り出していった冒険心を徐々に失っていきました。

1989年になると、ポーランドの民主化を皮切りに、政変が相次ぐなか、ベルリンの壁が崩壊、翌年10月3日にドイツが再統一された。東ヨーロッパ諸国の共産主義体制の崩壊は欧州諸共同体にとっても重大な影響を及ぼし、これら諸国がソ連崩壊をきっかけに自由主義陣営にはいりました。

ヨーロッパ人がバラバラではアメリカ・ソ連の思うままにされてしまう、まず経済的に統合への歩みを始めようということでECが発足しました。ヨーロッパの統合は政治の分野においても協力関係を強化することが求められるようにり、そこで1992年2月7日に欧州連合条約が調印され、翌年11月1日に欧州連合が発足しました。

非関税障壁の撤廃などにより巨大な市場が誕生し、巨大な市場での自由主義的な競争が欧州に活力を与えた。1993年にはマーストリヒト条約発効によって「EU」が誕生しました。

もう一度ヨーロッパを立ち上がらせなければ、という危機感のもとにEUが発足しましたが、アメリカ、日本に対抗しうる一大市場、経済単位を作りあげるとのモメンタムはだんだん影をひそめていきました。

そのうえギリシャ、ポルトガル、スペインが加盟国となり2013年7月にクロアチアが加盟したことにより28か国が欧州連合に加わっています。これによってますます内部調整にエネルギーをとられ、各国のエゴイズムの壁にさえぎられて、混迷を深めていきました。

その後EU圏経済の低迷や、中東地域などからの大量の移民などの問題が深刻化し,ヨーロッパ国民の中でEUに対する不満が高まってきました。

さて「英EU離脱」、このヨーロッパの変化は、歴史的に見て、破滅に向かって盲信する「退化」でありそしてヨーロッパは下り坂を転げ落ちていきます。

最大の原因は、ヨーロッパの主要国では、ほとんどの国で社会民主主義系の政党が1回は政権の座について、社会福祉のバラまきをやった、現状維持の満足感と福祉のバラまきで、ますます勤労意欲がなくなってしまいました。

さらにヨーロッパ人は過去の栄光の上にあぐらをかき、未来に向けての冒険心と好奇心を喪失してしまった。先端技術を骨身を削って研究開発するよりも夏休みは地中海のニースでバカンスをとってたっぷり休むほうが大切だというのがヨーロッパ人たちの生き方であり人生哲学であり、それが社会全体に定着しています。

EUのリーダーであるドイツさえ、ドイツ銀行の破滅寸前、VWの不正と収益悪化、移民はすでに100万人を超え、国民の不満が鬱積しています。

英国のEU離脱が決定しても、すぐに英国がEUから離れるわけでもないが、最終的に人類史上最も大規模な実験ともいえるEUの存続に、終止符を打つことになります

他方、日本は世界で抜きんでた経済力、テクノロジー、資本力を有し、歴史上初めて、思う存分世界のために貢献できる地位に立つことになります。
世界の国々から日本は中国のような利己的な国でなく、フェアな国であると認められ、今後指導的な国としての責任を果たすことになります。

追い抜かれたヨーロッパや中国は面白いはずがない。しかもそうなってしまったのは、決定的な技術力の差だけでなく、人間としての道徳観を持っているからです。
中国人がやっと気が付いて、日本人の人格に蒼ざめるのはこの時です。


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天皇陛下と日本 ②

その後日本は、第一次世界大戦で連合国側に立ち、勝利を治め、世界の五大強国までに

なりました。そして世界連盟で、人種平等を求め提案したのですが、当時米国が黒人奴隷を

たくさん使っていた為、この提案、賛成多数であったにもかかわらず、米国の国際連盟の

議長であったウィルソンに葬られました。その頃から日本をこのままの状態で放置しておくと

欧米列強の植民地主義が崩壊するとの危機感から、日本いじめが始まったのです。

それが米国による日本人移民の排斥運動から始まり、ABCD包囲網、この時も日露戦争の

時と同じ彼らの奴隷になるよりも、敗ける事がわかっていても米国に一矢報い、日本人の魂を

見せつけていれば、必ずや、その心意気で子孫は立ち直るであろうとの精神で、最後まで

戦い続けたのでした。

大東亜戦争(敗れたので勝手に米国が太平洋戦争と洗脳している)も終わりの頃、

戦況も悪化し、もはや敗戦か奴隷か、選択がない絶体絶命の中で日本人は、奴隷を

選択する民族ではなく、神風特別攻撃隊を編成し、最後まで戦い続けたのです。

そして初戦で米国以外の英国・オランダ・仏をコテンパンにやっつけた結果、それを見た

アジア地域の国々は奮起したのでした。その結果、日本は敗けたけれども、強引な

欧米諸国による世界支配を阻止し、アジア・アフリカ地域の植民地政策にピリオドを打ち

結果的に戦後の有色人種の白人からの独立となったのです。日本を批判しているのは、

中国と韓国だけで、他の東南アジア・インド・インドネシアにおいては教科書に、私が今迄

書いてきたことが書かれています。何故かよくわかりませんが、日本の政府はこの事を

知らしめようとしません。東南アジア・インド・インドネシアの人達が、先の大東亜戦争の結果、

日本にどれだけ感謝しているか、計り知れないものがあります。

詰まるところ、日本に天皇陛下がおられたからこそ、欧米列強の植民地に、日本がならな

かったのです。今迄教えられた歴史の全く違った側面が見えてきます。

医療・健康と同じく、世の中には嘘がいっぱいなのです。


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天皇陛下と日本 ①

明治維新から敗戦(1945年)を、よくよく考えてみましょう。

明治維新の前、江戸時代の終わりの頃の世界情勢はどうだったのでしょうか。

インド、インドシナ、インドネシア、中国(英国からのアヘン戦争でほとんどが植民地状態、

中国以外は200年から350年の欧米列強の奴隷植民地状態)、そして東アジア、

極東の日本が植民地になる寸前だったのです。その日本民族の恐怖心たるや、想像を

絶するものだったのです。日本国内は、薩長は英側、幕府は仏側で、正に国内は戦乱状態、

それに乗じて、英・仏で日本を植民地にする寸前だったのです。

日本に長らく続く天皇陛下がおられた結果、西郷隆盛(薩長側、英が後ろ盾)と勝海舟

(幕府側、仏が後ろ盾)が手打ちをし、この日本を、天皇陛下がおられる日本を、戦乱状態に

してはいけない という事で一つになり、英・仏の野望を粉砕したのでした。その結果、

独立を守ったのです。

明治維新政府が発足してもまだまだ弱体で、北からはロシアが朝鮮半島を狙っていました。

その時も、まさか大帝国のロシアと戦うとも思ってないし、世界も日本が敗けると思って

いました。この時も日本は、植民地となり、奴隷になって辱められるより、例え敗けても

一矢を報いる武士道精神を持っていました。その結果、世界があっと驚く勝利となった

のです。(続く)


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陰陽と心の持ち方

自然治癒力と免疫力を高めて健康に生きる為には、食物と腸管力も大切な要素

ですが、心の持ち方(ストレス)も大きな比重を占めます。

それには、中庸を保つ考え方が重要です。


この世の中全てには陰陽があります。対立する事もありますが、共存・補完している

物でもあります。太陽に対して月があり、天に対して地があり、夏に対して冬があり、

男に対して女があります。昼は活動し、夜は寝ます。全て陰陽です。

食べる物でも、夏は暑いのでキュウリ・トマト・スイカなど土の上に出来る物で体を

冷やします。冬は寒いので地中の野菜で体を温めます。


この様に、陰陽を理解すれば、この世の事象全ての真実がわかりますし、中庸の気持ちを

保つ方法が分かってきます。中庸の考えを持っていると、例えば、議論が分かれた時に

相手の立場にたって、こういう考え方もあるんだという事が理解できますし、尊重できます。

尊重した上で摺り合わせをし、落ち着きどころを捜す。又、気持ちを整理する心の持ち方

をすべきです。これは頭で理解できてもなかなか実践できない。

しかし、その都度、その時に、実践を重ねて行けば段々と分かるようになります。


世の中全ての物は陰陽で成り立ち、中庸に収まるという事で気持ちの安定を

計って行くと、心が安らぎ免疫力が高まって、病気とは無縁となります。


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しょいちねん【初一念】の意味-----初めに心に決めた覚悟。最初の決心。初志。「―を貫く」

健康、医療には嘘が多い。自然に考え、自然に生きてこそ真実が見えてきます。

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